『盲人独笑』

2018.09.06 Thursday 23:01
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    江戸時代の盲目箏曲家、葛原勾当という人物と自身が付けた四十余年間の日記を太宰治が手を入れて紹介している作品。

     

    目が見えないのにどうやって書いたかというと、平仮名いろはと、数字や句読点など100文字足らずの木製活字を用いて押し印した。

     

    全てひらがなの文章に太宰治が所々漢字を用いて読みやすくしているが、それでも何の単語か分からないことが多々あり、この言葉かなぁと任意で区切り辞書を調べてみるという繰り返しを何度と行った。

     

    それは少しクイズ感覚もあり、だんだん調べるのが楽しくなっていった。

     

    この日記を読んでいると、一日に起きたことってそんなに多くなく、一つか二つである。

     

    スラスラと文字を書けるわけではないからこそ、端的に絞れるのかもしれないが、我々でも、色々起きてても自分にとって大きな意味をもたらしたもの、と考えると、たしかに少ない、むしろ無い日だってあるかもしれない。

     

    この「勾当」、盲官(盲人の役職)の一つで、検校、別当ときて勾当、続いて座頭となるそうです。

     

     

    昔、シアターコクーンで古田新太主演の蜷川演出だったと思うんだけど『藪原検校』って芝居を観た。 権力、さらに身体の障害も使っていた悪徳な奴だった。

     

    そこへいくと座頭は『座頭市』、座頭の市は人のために刀を使い成敗していた。

     

    やはり地位が上であるものは己のことばかりか。 今度の自民党総裁選も白けた感じだ。

     

     

    話はそれたが、盲目であることは盲目でなければ分からないが、その40年の日記を孫が整理して書物にし、それを太宰治の手によって現代に広く知らしめた。

     

    文字というものは、その中に感情が見え隠れし、魂が宿っているのである、世の全ての形あるものの中で優れた生産物ではないだろうか。

     

    BOBI

    category:小説 | by:bobi kazunaricomments(0) | -
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