第159回直木賞『ファーストラヴ』

2018.09.21 Friday 19:45
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    これは読みたいと思って、『オール讀物』を購入した。

    アナウンサー志望の女子大生が父親を刺殺した事件を、女性臨床心理士が本人の半生を出版する企画をもらい、本人に関わっていく物語。

    作者の島本理生さんは17歳で文壇デビューし、18年、これまでに芥川賞候補4回、そして今回、直木賞候補2回目での受賞という素晴らしい才能の持ち主。

    主人公が女性だけど、展開に引っ張られページをめくって行ったら、あら、終わった。

    「以降のあらすじ」と続き、最初の部分だけでした。

    タイトルの部分に
    ファーストラヴ(抄)
    ってあった。

    (抄)って、書物などの一部分を抜き出して書くこと。抜き書き。だそうだ。
    こういうことも知らなかった未熟者です。

    しかし、三段で50ページはあったので、おっと、ここまで知ってしまったのに…という気持ち。

    今度、本屋に寄ったら手に取ってみよう。


    しかし、今月は雨が多い。

    雨粒が当たるガラス窓のそばで、コーヒーを飲みながら本を読むのは悪くない。

    BOBI
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    『清貧譚』

    2018.09.16 Sunday 20:57
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      1776年、中国、清代の怪異小説集「聊斎志異」の中の一篇に太宰治が空想を交えて創作した短編小説。

      菊の花が大好きな男が江戸から伊豆の沼津へ佳い苗を取りに行き、帰り道に菊作りには心得があると言う少年と姉と出会い、無一文のため江戸へ出て仕事を探すということから、自分の小屋を貸して住まわせ、菊の畑を作っていく。

      男は先祖の残した土地があるので、富を求めず、正しい行いをして貧しくあることを好み、少年は暮らしていくために菊を栽培しては売り、どんどん富んでいく。

      考えの異なる二人は仲違いするが、男は姉と結婚話も出たりと、同じ敷地内で住みながら、最後は素晴らしい菊を作る少年を認め弟子にしてくれと言う。

      怪異小説であるから、この少年の正体がユニークなのだが、これから読む方へのお楽しみとして伏せておく。

      そのミステリーさが面白いというより、ここで扱われている「清貧」に太宰治の色が練りこまれている。

      愛する花を売って米塩の資を得ることは、菊を陵辱することだと言い、己の高い趣味を金銭に換えるのを汚らわしいと訴える男に対して、天からもらった自分の実力で金を稼ぐのは富を貪る悪業ではないという少年は言う。

      「人はむやみに金を欲しがってもいけないが、けれども、やたらに貧乏を誇るのも、いやみな事です」

      好きなものでお金を稼げて暮らしていけるのは幸せなことだと思うし、それが出来るのは一握りの人間だろう。

      しかし、職業にするとなると、ほとんどの場合、純粋な自分の考え方は多少なりと曲げられていく。

      人が介在するからだ。

      生きるために、金を得るためには、それは必要であることだ。

      自分が役者の道を歩み、フリークルーズという自分の城を築いた頃は、この男に同調する部分が多々あった。

      理想よりも現実。

      今を生きる。

      このもがきはこれからも続く永遠のテーマかもしれない。

      BOBI
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      『盲人独笑』

      2018.09.06 Thursday 23:01
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        江戸時代の盲目箏曲家、葛原勾当という人物と自身が付けた四十余年間の日記を太宰治が手を入れて紹介している作品。

         

        目が見えないのにどうやって書いたかというと、平仮名いろはと、数字や句読点など100文字足らずの木製活字を用いて押し印した。

         

        全てひらがなの文章に太宰治が所々漢字を用いて読みやすくしているが、それでも何の単語か分からないことが多々あり、この言葉かなぁと任意で区切り辞書を調べてみるという繰り返しを何度と行った。

         

        それは少しクイズ感覚もあり、だんだん調べるのが楽しくなっていった。

         

        この日記を読んでいると、一日に起きたことってそんなに多くなく、一つか二つである。

         

        スラスラと文字を書けるわけではないからこそ、端的に絞れるのかもしれないが、我々でも、色々起きてても自分にとって大きな意味をもたらしたもの、と考えると、たしかに少ない、むしろ無い日だってあるかもしれない。

         

        この「勾当」、盲官(盲人の役職)の一つで、検校、別当ときて勾当、続いて座頭となるそうです。

         

         

        昔、シアターコクーンで古田新太主演の蜷川演出だったと思うんだけど『藪原検校』って芝居を観た。 権力、さらに身体の障害も使っていた悪徳な奴だった。

         

        そこへいくと座頭は『座頭市』、座頭の市は人のために刀を使い成敗していた。

         

        やはり地位が上であるものは己のことばかりか。 今度の自民党総裁選も白けた感じだ。

         

         

        話はそれたが、盲目であることは盲目でなければ分からないが、その40年の日記を孫が整理して書物にし、それを太宰治の手によって現代に広く知らしめた。

         

        文字というものは、その中に感情が見え隠れし、魂が宿っているのである、世の全ての形あるものの中で優れた生産物ではないだろうか。

         

        BOBI

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        『桜桃』

        2018.09.03 Monday 19:15
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          『人間失格』と同時期の短編小説である。

          最近読んだ短編は全て太宰治が死を選択する前の2,3年間のもので、本作品は特に寸前であるためその色が濃く現れている。

          作家自身が、この小説は夫婦喧嘩の小説である、と断言しているように、『おさん』と同様に妻と子供達のことに触れ、ダメな父親である罪悪感を吐露している。

          当時贅沢品なさくらんぼを子供たちには食べさず、まずそうに食べては種を吐き、「子供より親が大事」と虚勢の言葉を呟く、このことにどれだけ自分自身を責めているのかが伺える。

          さくらんぼが二つの実のつながりとして、家庭をイメージしたのは自分だけだろうか。

          BOBI

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          『家庭の幸福』

          2018.09.02 Sunday 16:15
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            戦後のラジオ放送で聞こえてきた官僚のヘラヘラ笑いに憤り、そこから空想が始まる、家庭の幸福とは何かを問う物語。

            この短編小説の中で太宰治は本名、戸籍名として津島修治を使っている。

            そして一人の芸術家として政府や国家に向けて叫んでいる。

            不潔なごまかしが、何よりもきらい、それが芸術家と。


            この作品も、入水自殺が出てくる。

            よっぽど、自身が死を考えていたのだろう、同時に幸福を考えながら。

            BOBI
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            『おさん』

            2018.09.01 Saturday 13:15
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              「おさんどん」、又は「下女」とも言う、台所での仕事やそれをする女中のことだそうです。

              これも太宰治の死生観が彩られた作品。

              終戦の被害を受けた中、三人の子供を養う雑誌社勤務の夫を、妻の目線で書いてある。

              東京から逃げたいと言って信州の温泉に出かけて、諏訪湖で別の女と心中してしまう。

              太宰治自身が心中を考え始めていた時に書いたものであろう。


              作品に書かれてある
              「気の持ち方を、軽くくるりと変えるのが真の革命で、それさえ出来たら、何の難しい問題もない筈です」

              そう考えていた本人は変えられなかったのか。

              BOBI
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              『トカトントン』

              2018.08.31 Friday 16:15
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                二十六歳の青年が小説家に送った手紙、と言う形式の太宰治の短編小説。 戦争が終わり、郵便局で勤めながら、平和な日々を過ごしていると、どこからか「トカトントン」と釘打つ音が聞こえてくるという。 趣味で小説を書き始めて結末を考えたり、恋した女性と会ってキスしようとしたりと、未来のことを考えるときに鳴るのである。 夢や希望を持った時に訪れてくる現実的発想、やったことがないから一歩が踏み出せないというものを音に喩えているのではないかと思う。 「精神的な生活」 とても分かりやすい生き方の表現に自分自身へ問いかけた。 最後に書かれている。 「真の思想は、叡智より勇気を必要とするものです」 同感。 やってみなければ分からないのが人生、毎日、今だ。 短編なのに、短編だから、生きることの本質について語ってくれている。 BOBI
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                『ヴィヨンの妻』

                2018.08.30 Thursday 11:05
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                  JUGEMテーマ:読書

                  昨日、千葉八街の知的障害者社会支援センターでのワークショップへの往復で読んだ。



                  飲んだくれの作家はツケで飲みまくった借金も膨れ上がり、挙げ句の果てに金まで盗んだと家に押しかけられ、妻はその店で働き出すという始末。

                  さて、何故「ヴィヨンの妻」なのか、ヴィヨンって誰か、と調べてみると、フランソワ・ヴィヨンという15世紀フランスの詩人だということが分かった。

                  淫売宿で強盗・傷害事件を起こして投獄され、10年間の追放刑を受け1463年にパリを追放され、それからの消息が分からないらしい。

                  そういうならず者の妻、ということであろうか。

                  こんなくだりがある。

                  「男には、不幸だけがあるんです。いつも恐怖と、戦ってばかりいるのです」

                  そして、「死にたくて仕様が無いんです。〜中略〜こわい神様みたいなものが、僕の死ぬのを引きとめるのです」

                  妻は「生きていさえすればいいのよ」と言う。

                  太宰治晩年の短編で死というものが強く彩られた作品だ。

                  BOBI

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                  『母』

                  2018.08.29 Wednesday 11:19
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                    『父』の次に読んだ、太宰治作品。 知り合いの旅館に泊まった時の話で、母の登場はない。 戦後、復員した青年が家に帰る前に寄り道をするのだが、母は息子の安全な帰りを待っている。 金八先生が「親」という字、これは木の上に立って見守っている、という意味です、と言っていたことを思い出した。 女という生き物の中に聖母が存在しているということを発見する。 BOBI
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                    『父』

                    2018.08.27 Monday 08:40
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                      アブラハムが信仰の義のためにわが子を殺そうとした旧約聖書の文面から始まる太宰治の短編。 被災後、妻と子供がいても自分の飲み代に金を使ってしまう放埓三昧の作家。 「義」とは何だろうかと問いかける。 大辞林では キリスト教で、神・人間がもつ属性としての正しさ。また、両者の関係としての正しさ。 とある。 「正しさ」って何だろう。 物事のあるべき姿を考え、それに合致しているさまをいう。 とある。 子供の洋服、おもちゃ、おやつのお金を酒に使ってしまう、という部分だけ見ると正しくないと思えるが、この家族という固まりで考えると、外からは分からないことがあるのでそれは言い切れない。 今、目の前に吊り革に掴まって、グッタリして呻き声が漏れている銀髪の男がいることを知った。 ちょうど電車を降りるので席を立つと、彼は座った。 見るとTシャツは嘔吐の汚れがあちらこちらにあり、裸足だ。 先日書いた「土曜の朝」の会社員は靴があるだけまだマシか。 彼らにも「義」があるのだろう。 BOBI
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